大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和49年(ワ)8906号 判決

原告 坂巻容子

右訴訟代理人弁護士 櫻井明

右訴訟復代理人弁護士 清見栄

原告 小林はつ子

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 櫻井明

同 清見栄

被告 株式会社 アリミノ

右代表者代表取締役 田尾有一

〈ほか一名〉

右二名訴訟代理人弁護士 五十嵐啓二

同 黒田節哉

右黒田訴訟復代理人弁護士 片山卓朗

同 亀井尚也

被告 株式会社 セフティ

右代表者代表取締役 岡部健夫

右訴訟代理人弁護士 泉弘之

同 五十嵐公靖

右五十嵐訴訟復代理人弁護士 渡辺孝

被告 国

右代表者法務大臣 林田悠紀夫

右指定代理人 林菜つみ

〈ほか六名〉

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告株式会社アリミノ、同株式会社セフティ、同国は、各自、原告坂巻容子に対し、金四三二万七七四八円、同小林はつ子に対し、金四九四万〇四七五円及びこれらに対する昭和四九年一一月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告株式会社小林コーセー、同国は、各自、原告大淵博志、同大淵キヨカに対し、それぞれ金六二〇万九六〇〇円及びこれらに対する昭和四九年一一月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  被告株式会社アリミノ、株式会社セフティ、株式会社小林コーセー

主文同旨

2  被告国

(一) 主文同旨

(二) 担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

(一) 原告坂巻容子(以下「原告坂巻」という。)

(1) 原告坂巻は、昭和三四年ころから愛知県蒲郡市内で美容院「ひばり美容院」を経営する美容師であり、そのころから、被告株式会社アリミノ(昭和五一年四月一日、商号変更登記前はアリミノ化学株式会社、以下「被告アリミノ」という。)製造販売にかかる二浴式コールドパーマネントウェーブ液(以下「二浴式コールドパーマ液」という。)アリミノコールド等を、また、昭和四一年からは、被告株式会社セフティ(昭和五〇年一一月四日、商号変更登記前は株式会社セフティ商会、以下「被告セフティ」という。)製造販売にかかる二浴式コールドパーマ液ペルマ海草パーマ等をも並行して使用していた。

(2) ところが、原告坂巻は、昭和三七年ころから貧血気味となり、目が腫れ上がったり、時々心臓の発作を起こすようになった。そこで、昭和四三年ころ、自宅近くの小川医院で診察を受けたところ、低色素性貧血症で肝硬変症の疑いもあるとの診断を受け、以後、同病院に通院しながら治療を受けてきたが、昭和四六年七月三一日ころからは、同病院にほとんど毎日通院するようになり、そのため、断続的におよそ六〇日間休業せざるをえなかった。

(二) 原告小林はつ子(以下「原告小林」という。)

(1) 原告小林は、昭和二五年ころから、神奈川県逗子市内で美容院「小林美容院」を経営する美容師であり、昭和二七年ころから被告アリミノ製造販売にかかる二浴式コールドパーマ液アリミノコールド等を、また、昭和四一年からは、被告セフティ製造販売にかかる二浴式コールドパーマ液ペルマ海草パーマ等をも並行して使用していた。

(2) ところが、原告小林は、昭和三九年ころから、次第に頭痛や貧血、吐き気を催すようになり、そこで、昭和四七年一二月五日ころ、自宅近くの西川医院で診察を受けたところ、低色素性貧血症と診断され、その後昭和四八年一二月七日ころまでの間に、およそ四〇日間同病院に通院して治療を受け、そのため、断続的におよそ三〇日間休業せざるをえなかった。そして、昭和四九年一月一九日に多量の血を吐いて卒倒したため、鎌倉市内の佐藤病院で診察を受けたところ、肝硬変症と診断され、直ちに手術を受けた。同年三月一七日に退院したが、貧血や動悸がひどく、全身衰弱も甚だしいので、およそ九か月間休業した。

(三) 原告大淵博志、同大淵キヨカ(以下、同原告両名を「原告大淵ら」という。)

(1) 訴外亡大淵孝子(以下「孝子」という。)は、原告大淵らの長女であった。

(2) 孝子は、昭和四二年三月六日、自宅近くの「正起美容室」でパーマネントウェーブをかけてもらったところ、帰宅途中にわかに呼吸が苦しくなり、歩行も困難なため暫時路上にかがみ込み、長時間かけてやっと自宅に辿り着いたが、その夜、手足のしびれ、目の腫れ、喉と心臓の痛みなどが起こったため、翌朝、自宅近くの高守医院で診察を受け、さらに、松山市内の松山赤十字病院に入院した。同年四月二八日、同病院を退院し、自宅で療養を続けていたが、同年一一月一五日、死亡した。直接の死因は心臓麻痺だが、その原因は、貧血症及び肝硬変症であった。

(3) 孝子の美容施術に用いられたのは、被告株式会社小林コーセー(以下「被告小林コーセー」という。)製造販売にかかる二浴式コールドパーマ液ロレアル製品・ボルテスNO2であった。

2  被告らの責任

(一) 二浴式コールドパーマ液によるシアン及びシアン化合物の発生

(1) 二浴式コールドパーマ液は、チオグリコール酸(濃度三・五パーセント以上)とアルカリ類(アルカリ度三・五ミリリットル以上)としてのアンモニア、苛性カリ、炭酸カリ、炭酸アンモニウム、水酸化アンモニウム、炭酸水素アンモニウム、苛性ソーダ、炭酸ソーダを主たる成分とする第一剤と、臭素酸ナトリウムを主たる成分とする第二剤からなり、第一剤で毛髪を柔らかくしてウェーブをかけ、第二剤で毛髪を酸化させて固定させるものである。

(2) 第一剤を毛髪に作用させると、チオグリコール酸のチオ基が、毛髪に含まれているケラチンを構成する炭素部分に作用し、ケラチンを分解する。その結果遊離した炭素、水素、窒素が結合し、ヂシアン並びにシアンイオン(以下併せて「シアン」という。)を生成し、同時にシアン化合物が発生する。右の過程で発生したシアンは、一部は気化し、一部は第一剤のアルカリと反応してシアン化アルカリとなる。また、一部は毛髪成分中の鉄を溶かし出し、ヘキサシアノ鉄酸マイナスイオンを生成し、第一剤中に炭酸カリが含まれているときには、黄血塩、赤血塩を生成する。

次いで、第二剤施用過程においても、臭素酸ナトリウムがチオシアンと反応すると再びシアンを生成し、黄血塩の一部は赤血塩に変化する。赤血塩がチオシアンに作用してシアンを再生成する。

以上のようにして、二浴式コールドパーマ液の施用過程において、シアン及びシアン化合物は、さまざまの形をとりながら存在している。

(二) 二浴式コールドパーマ液の危険性

(1) 二浴式コールドパーマ液は、昭和二一年六月一五日、アメリカで、ローレンス・H・カッター博士が「コールドウェーブの毒物薬害作用」と題する二浴式コールドパーマ液の中毒による貧血症並びに肝硬変症等の研究発表をして以来、身体、特に肝臓などに非常に有害なものとされている。

(2) 二浴式コールドパーマ液施用後の排水につき、JIS規格に基づく化学分析がいくつか行われているが、昭和四七年一〇月一一日、東邦チタニウム分析センターにおいて、全シアン七二・〇ないし一三八ミリグラム/リットル検出、同月二三日、味の素株式会社分析センターにおいて、全シアン二五・五PPM検出等の結果が発表されており、二浴式コールドパーマ液の施用過程においてシアン及びシアン化合物が発生することは、実験によっても確認されている。

(3) 昭和四八年三月二九日、衆議院物価特別委員会では、有島重武委員から二浴式コールドパーマ液の危険性について質問がなされ、同年一二月三日、神奈川県消費生活問題研究発表地区大会では、柳田螢子が、「コールドパーマネント液の安全性について」と題して、二浴式コールドパーマ液の施用によって発生したシアンが、美容施術中の吸引や皮膚からの浸透により体内に入り、血液中のヘモグロビンと化合して、呼吸器や造血器管を犯す危険性について研究報告している。

(4) 過去数十年間にわたりコールドパーマ液の研究に携わってきた化学者近藤徳三は、夙に二浴式コールドパーマ液の施用によってシアン化水素が発生することを指摘するとともに、吸引や皮膚浸透により血液と結合することによって血液比重を低下させ、美容師や顧客の貧血症や肝硬変症の一因をなすことを主張し、厚生省や美容業者に警告を発してきた。

(三) 被告アリミノ、同セフティ及び同小林コーセー(以下併せて「被告会社ら」という。)の責任(民法七〇九条)

前記のとおり、原告坂巻及び同小林は、被告アリミノ及び同セフティ製造販売にかかる二浴式コールドパーマ液の施用により、貧血症並びに肝硬変症等の傷害を受け、また、孝子は、被告小林コーセー製造販売にかかる二浴式コールドパーマ液の施用により、貧血症並びに肝硬変症等の傷害を受け、その結果死亡したものであるが、被告会社らには、前項(二)記載のような問題が提起され、かつ、医薬部外品の大部分についてその有効性と安全性が保証されえないと言われる現況のもとにおいて、二浴式コールドパーマ液の危険性、有害性について、十分注意すべきであるのに、厳格な化学分析試験などを怠って安全性を確認せず、漫然と製造販売した過失がある。

(四) 被告国の責任(国家賠償法一条)

被告国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上に努めるべき義務がある。

しかるに、被告国の厚生大臣及び厚生省薬務局長は、医薬部外品についても、有害品が製造販売されないように絶えず監視ないし検査する義務があるのにこれを怠り、シアン発生を阻止するための適切な薬事行政を懈怠したため、被告会社らに有害、危険な二浴式コールドパーマ液の製造販売を許し、その結果、原告坂巻、同小林及び孝子に前記の被害を与えたものである。

3  損害

(一) 原告坂巻

合計金四三二万七七四八円

(1) 治療費 金二万七七四八円(ただし、前記小川医院に支払った分)

(2) 休業による逸失利益 金三〇万円純利益一か月金一五万円として二か月分

(3) 慰謝料 金四〇〇万円

長期にわたる傷害の苦痛、長期休業による信用の低下、将来の生活不安などを金銭に見積ったもの

(二) 原告小林

合計金四九四万〇四七五円

(1) 治療費 金八〇〇〇円(ただし、前記西川医院に支払った分)

金三三万二四七五円(ただし、前記佐藤病院に支払った分)

(2) 休業による逸失利益 金六〇万円純利益一か月金六万円として一〇か月分

(3) 慰謝料 金四〇〇万円

長期にわたる傷害の苦痛、近い将来廃業せざるをえなくなった精神的苦痛などを金銭に見積ったもの

(三) 原告大淵ら

それぞれ合計金六二〇万九六〇〇円ずつ

(1) 治療費 金三万円(ただし、前記高守医院に支払った分)

金二八万円(ただし、前記松山赤十字病院に支払った分)

(2) 葬儀費及び納骨費  金二〇万円以上は、孝子の扶養義務者たる原告大淵らが共同して負担した。

(3) 逸失利益 金七九〇万九二〇〇円年収金七二万円から生活費五〇パーセントを控除し、複式ホフマン係数を乗じたもの

ただし、孝子は死亡当時満一八歳であり、その平均余命は五六・七八年であるところ、生前四年制大学への進学を希望していたことを考慮し、稼働開始年齢を二二歳として、就労可能年数を四一年としたもの

原告大淵らは、右孝子の逸失利益をそれぞれ二分の一ずつ相続した。

(4) 慰謝料      金四〇〇万円

孝子は、昭和四二年三月、高等学校を卒業し、近畿大学の受験をめざして勉学中であった。本件事故により、手塩にかけて養育してきた娘を失った原告大淵らの悲嘆は言語に絶する。右精神的苦痛に対する原告大淵ら両名固有の慰謝料としては、それぞれ金二〇〇万円が相当である。

よって、被告アリミノ及び同セフティに対しては、民法七〇九条の、被告国に対しては、国家賠償法一条の各損害賠償請求権に基づき、原告坂巻は金四三二万七七四八円、同小林は金四九四万〇四七五円、被告小林コーセーに対しては、民法七〇九条、被告国に対しては、国家賠償法一条に基づき、原告大淵らは、それぞれ金六二〇万九六〇〇円及びこれらに対するいずれも訴状送達の日の翌日である昭和四九年一一月八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1(事故の発生)について

(一) 被告アリミノの認否

(1) 同(一)、(二)の各(1)のうち、被告アリミノが、アリミノコールド等の二浴式コールドパーマ液を製造販売していたことは認め、その余は、知らない。

(2) 同(一)、(二)の各(2)は知らない。

(二) 被告セフティの認否

(1) 同(一)、(二)の各(1)のうち、被告セフティが、ペルマ海草パーマ等の二浴式コールドパーマ液を製造販売していたことは認め、その余は、知らない。

(2) 同(一)、(二)の各(2)は知らない。

(三) 被告小林コーセーの認否

(1) 同(三)の(1)、(2)は知らない。

(2) 同(三)の(3)のうち、被告小林コーセーが、二浴式コールドパーマ液ボルテスNO2を製造販売していたことは認め、その余は知らない。

(四) 被告国の認否

同(一)、(二)、(三)の事実は、すべて知らない。

2  請求の原因2(被告らの責任)について

(一) 被告ら全員

(1) 同(一)の(1)のうち、二浴式コールドパーマ液に苛性カリ、炭酸カリ又は炭酸アンモニウムが含まれていることは否認し、その余は認める。

(2) 同(一)の(2)は否認する。

(二) 被告会社らの認否

(1) 同(二)の(1)のうち、ローレンス・H・カッターが、コールドウェーブ液による中毒について研究発表したことは認め、その余は否認する。

なお、右カッターの研究は、チオグリコール酸の人体に及ぼす影響について論じたものであり、シアンが発生するといっているわけではない。

(2) 同(二)の(2)は知らない。

(3) 同(二)の(3)のうち、衆議院物価特別委員会で二浴式コールドパーマ液の危険性の有無について質問がなされたことは認め、その余は知らない。

(4) 同(二)の(4)は認める。

(5) 同(三)は争う。

被告会社らは、薬事法の規定に基づき厚生省の告示により定められた「パーマネントウェーブ用剤基準」に則って、二浴式コールドパーマ液の製造を行っており、また、常にその安全性を確認している。

(三) 被告国の認否

(1) 同(二)の(1)、(3)、(4)については、前記(二)(1)(被告会社らの認否)に同じ。

(2) 同(二)の(2)のうち、国に検出報告が出されていることは認めるが、分析の対象が二浴式コールドパーマ液施用後の排水であることは知らない。

(3) 同(四)は争う。

被告国は、前記有島重武委員の質問及び近藤徳三の意見に対し、国立衛生試験所に依頼して、二浴式コールドパーマ液が実際に施用される場合の条件に最も近い状況を設定し、科学的な立場から詳細な試験を行ったが、保健衛生上障害となるシアンなどが発生するという事実は証明されなかった。

3  請求の原因3(損害)について

被告ら全員

請求の原因3の事実はすべて知らない。

第三証拠《省略》

理由

一  はじめに

原告坂巻は、昭和三四年ころから被告アリミノの製造販売にかかる二浴式コールドパーマ液アリミノコールド等を使用し、同四一年から被告セフティの製造販売にかかる二浴式コールドパーマ液ペルマ海草パーマ等を並行使用していたところ、その主張にかかる疾病に罹患した旨主張し、原告小林は、昭和二七年ころから右アリミノコールド等を使用し、同四一年からは右ペルマ海草パーマ等をも並行使用していたところ、その主張にかかる疾病に罹患した旨主張し、原告大淵らは、昭和四二年三月六日、被告小林コーセーの製造販売にかかる二浴式コールドパーマ液ロレアル製品・ボルテスNO2を美容施術に用いられたところ、死亡するに至った旨主張する。

ところで、被告会社らが原告ら主張にかかる右パーマ液をそれぞれ製造販売していたことは当事者間に争いがない(ただし、被告国を除く)から、問題となる第一点は、原告らがその主張するように、右パーマ液をそれぞれ使用していたか否か(ただし、孝子については美容施術に用いられたか否か)であり、第二点は、第一点が肯定された場合、原告らは、右パーマ液から人体に有害な物質であるシアンないしシアン化合物が発生し、これが右疾病あるいは死亡の原因となった旨主張するので、右パーマ液からこれら有害な物質が発生するか否かであり、第三点は、第二点が肯定された場合、有害物質の発生と右疾病ないし死亡との間に因果関係があるか否かである。

そこで、判断の便宜上、第一点についての判断をしばらく措き、第二点から検討を加えることとする。

二  第二点については、極めて高度な化学的検討を要するので、まず、鑑定人植松喜稔の鑑定の結果(以下「植松鑑定」という。)をみることとする。なお、《証拠省略》によれば、シアンイオン及びシアン化合物の検出方法については、以下の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。すなわち、シアンイオンは、検水中に存在するシアン化合物を一定の条件のもとで前処理してシアン化水素を発生させ、捕集すると同時に、各種の妨害物質と分離し、クロラミンT溶液及びピリジン=ピラゾロン溶液を加えて青色呈色反応させ、極大吸収波長六二〇nm又はその付近の波長を用いて吸光度を測定して定量する。前処理の仕方によって、大きく二つに分かれ、pH五・〇で摂氏四〇度において通気により発生したシアン化水素を、あるいは、酢酸亜鉛を加えてpH五・五で加熱蒸留して発生したシアン化水素を定量する方法(前者が通気法、後者が加熱蒸留法)と、りん酸酸性でpH二以下で加熱蒸留し、全シアンをシアン化水素として発生させる方法(全シアン法)とがある。通気法は、遊離シアン及び不安定な錯体形として存在するシアンの一部又は全部を分離する方法であり、全シアン法は、安定な錯体イオンであるフェロシアン、フェリシアンを含めた全シアンを分離する方法である。シアンイオン及びシアン化合物の検出方法としていずれでなすのが妥当であるかは一概にいえず、被検対象である検水の性状いかんによることとなる。

鑑定人植松喜稔は、別紙記載の鑑定事項について、以下のとおりの鑑定をしている。

1  鑑定事項1の(イ)、(ロ)につき、条件a、bによって調整した廃液中には、全シアンの蒸留操作に伴って留出するピリジン=ピラゾロン試薬呈色物質が含まれている(条件a、bの試験結果は、別表のとおりであった。なお、同表のⅠ、Ⅱは試験順序を示しており、Ⅰは、まず全シアン法の試験を行い、次いで同一廃液について通気法による試験を行ったものであり、Ⅱは試験の順序を逆にしたものである。)。これらの呈色物質の量を仮にシアン化物イオン量として換算したが、廃液中の呈色物質の含有量は一定せず、廃液調製後の時間経過に伴って増加する傾向がある。ピリジン=ピラゾロン試薬呈色物質が仮にシアン化物イオンであれば、通気によって少なくとも八〇パーセント以上はシアン化水素として揮散するはずである。しかして、これらの廃液をpH五・〇に調節して通気を行っても、シアン化水素に変わるシアン化物イオンはほとんど検出されないか、たとえ検出されても全シアンの定量操作で検出される呈色物質量に比較して著しく僅少である。また、パーマ溶液第一剤の主成分であるチオグリコール酸及びボルテスNO2の第二剤からは通気法によるシアン化物イオンは全く検出されない。一リットル中にシアン化物イオン一・一一五ミリグラムを含む液からの通気法によるシアン化物イオンの回収率は九六・八パーセントを示し、チオグリコール酸及びボルテスNO2の第二剤にそれぞれ一リットル中に一・一一五ミリグラム含まれるようにシアン化物イオンを添加し、右処理を繰り返して通気法によるシアン化物イオンの定量を行ったところ、その回収率はそれぞれチオグリコール酸溶液の場合、一回目七八・五パーセント、二回目八六・二パーセント、第二剤の場合、九〇・六パーセントで、廃液中にこれらの成分が共存しても通気法によるシアン化物イオンの定量に著しい影響を与えるとは考えられない。また、条件bのうち中間リンスを省略して調整した廃液にシアン化物イオンを添加して蒸留法によって全シアンの回収試験を行った結果、廃液中に含まれるピリジン=ピラゾロン試薬呈色物質とともにほぼ全量回収され、廃液中にはシアン化物イオンの留出を抑制する物質は含まれていないと考えてよい。すなわち、調製廃液からは通気によってシアン化水素を発生せず、かつ廃液中にはシアン化物イオンのシアン化水素への変換を阻害する物質は含まれていない。したがって、廃液中のピリジン=ピラゾロン試薬呈色物質がシアン化物イオンであるとは認められない。

2  鑑定事項1の(ハ)につき、廃液中のピリジン=ピラゾロン試薬呈色物質の生成量は、中間リンスを省略しない場合に比較して増加する。また、その生成は、廃液調製後の時間の経過につれて増える傾向がある。廃液からは通気によりシアン化水素に変わるシアン化物イオンはほとんど検出されない。したがって、1で述べたと同様の理由によって、廃液中に含まれるピリジン=ピラゾロン試薬呈色物質がシアン化物イオンであるとは認められない。

3  鑑定事項2につき、通気法によりシアン化物イオンはほとんど検出されないか、検出されても少量である。なお、その量は廃液調製後の時間の経過にともなって若干変動する。また、通気操作にともなって廃液に含まれるピリジン=ピラゾロン試薬呈色物質のキヤクーバーが皆無とは考えられない。したがって、これらの数値がシアン化物イオンであるという確証はない。

4  鑑定事項2の(イ)、(ロ)につき、消泡剤の添加はシアン化物イオンの定量に影響がないことが明らかである。

5  鑑定事項3につき、各パーマ液の施術過程、特に標準的な施術(中間リンスを省略しない)過程ではシアン化水素の発生は認められない。

6  鑑定事項5につき、通気法によるシアン化物イオンの定量に際し、シリコン油を添加してもシアン化物イオンの検出を妨げない。

三  植松鑑定の検討

1  試験方法の相当性について

《証拠省略》によれば、全シアン法による定量分析にあたり、妨害物質を除去するため、検水中に残留塩素などの酸化性物質が存在する場合には、亜硫酸ナトリウム溶液を定量的に加え還元すること、逆に硫化物、亜硫酸イオン、チオ硫酸イオンなどの還元性物質が共存する場合には、留出液を弱硝酸酸性とし過マンガン酸カリウム溶液を加えて酸化したのち再蒸留する操作を行うよう指示されていることを認めることができる。

しかしながら、植松鑑定及び《証拠省略》によれば、二浴式コールドパーマ液の第一剤中には還元剤が、第二剤中には酸化剤がそれぞれ含まれているにもかかわらず、鑑定人は前記操作を行っていないことを認めることができるので、以下、右の点がピリジン=ピラゾロン試薬呈色物質の定量分析に及ぼす影響について検討する。

《証拠省略》によれば、まず酸化性物質の還元については、鑑定に先立つ予備実験において、亜硫酸ナトリウムを加えても加えなくても測定値に影響しなかったことが認められ、また還元性物質の酸化については、同じく予備実験において、酢酸亜鉛を添加することによって妨害を除去することができたというのであるから、鑑定人の試験方法に不相当な点はなかったと認めることができる。

2  国立衛生試験所における試験結果との対比

《証拠省略》によれば、昭和四八年三月二九日に衆議院物価問題等に関する特別委員会において、二浴式コールドパーマ液の施用によるシアン化水素の発生の有無について質疑がなされたことを契機として、厚生省の附属機関である国立衛生試験所が、二浴式コールドパーマ液(近代化学株式会社製のペルマ海草パーマ、被告アリミノ製のアリミノジュニアデルックスA、被告小林コーセー製のボルティスNO2等)施用によるシアン発生の有無について試験を行ったところ、わずかではあるが、シアンイオンとよく似た吸光度を示す呈色がみられたが、これはシアンイオンにおけるような完全な青色を呈することなく、赤色又は赤紫色が持続する現象が認められたことから、この呈色物質はシアンイオンによるものとの確認はえられなかったこと、仮に右呈色物質が全てシアンであるとしても、その濃度は人体への影響の考えられない程度の微量のものであったことを認めることができる。

右認定事実によると、国立衛生試験所の試験対象とした二浴式コールドパーマ液は、原告らが使用しあるいは使用されたと主張している二浴式コールドパーマ液と必ずしも一致しない製品であるが、当時問題とされていた二浴式コールドパーマ液をその試験対象とした結果、シアンイオンの検出は確認されなかったというのであるから、この試験結果は植松鑑定の結果の正当性を直接、間接に裏付ける有力な資料になるということができる。

3  全シアン法による呈色物質について

植松鑑定によれば、全シアン法で前処理した場合には、殊に条件aによる調製廃液中に相当多量の呈色物質の存在が認められることにつき、証人近藤徳三は、全シアン法により呈色反応を示せば、シアン検出ということになるのであって、備考を含むJISの検査方法を正確に行えば、疑似呈色物質は完全に排除されると証言(以下、同人の証言を「近藤証言」という。)する。

しかしながら、《証拠省略》によれば、アミノ酢酸の水溶液、グリオキシル酸にアンモニア水を添加して三〇分間放置した水溶液及びグリコール酸にアンモニア水を添加して二四時間放置した水溶液は、シアンイオンと同様の吸光度パターンを示し、疑似呈色物質の存在が認められること、近藤証言によれば、同人が、疑似呈色物質は存在しないと証言する根拠は、過去五〇年間に聞いたことがないというだけであり、実験等に基づくものではないことが認められ、右事実に照らして考えると、前記近藤証言は、採用することができない。

また、植松鑑定によれば、被告小林コーセーの試料につき、条件bのうち、中間リンスを省略して調製した廃液にシアン化物イオンを添加して、その回収率を測定したところ、九九・七パーセントであったことが認められ、右事実によれば、廃液中にシアンイオンのシアン化水素への変換を阻害する物質は含まれていないと考えられるから、結局、全シアン法による呈色物質がシアンイオンであると認めるに足りる証拠はない。

4  パーマネントウェーブと青酸カリの関係

近藤証言には、パーマネントウェーブに関連して、毛髪のシスチン結合を切断することがパーマのかかることであって、毛髪の成分ケラチンに二浴式コールドパーマ液の第一剤のチオグリコール酸及びアルカリ液が作用すると必ず青酸カリが発生し、この青酸カリがなければシスチン結合を切断することができないということは、世界の化学者によって証明されている旨の証言部分がある。

なるほど、《証拠省略》によれば、クラーレンス・R・ロビンス著「毛髪の化学」なる書籍中に、シアン化物(青酸カリはその一種である)が毛髪に対して還元作用を有する旨の記載があるが、《証拠省略》によれば、右書籍の他の部分には、毛髪に対して還元作用を有する物質として、青酸カリだけではなく、チオグリコール酸、硫化物、亜硫酸塩その他の物質が存在する旨の記載があり、青酸カリは還元剤のうちの一物質にすぎないことを認めることができるのであるから、右近藤証言はにわかに採用することができない。

ここで、パーマネントウェーブの原理及び二浴式コールドパーマ液の成分について検討を加えておくこととする。

請求の原因2(一)(1)の事実は、二浴式コールドパーマ液に苛性カリ、炭酸カリ、炭酸アンモニウムが含まれることを除いて当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、以下の事実を認めることができる。

(一)  頭髪の成分は、主としてケラチンからなり、縦軸を形成する多数のポリペプチド鎖と、その間を結ぶシスチン結合、塩結合及び水素結合等の側鎖からなる高分子繊維であるが、各々のポリペプチド鎖が、隣同志側鎖によってつながれているために、頭髪は、折り曲げられても伸ばされても直ちに元に戻る復元力を有している。この復元力を側鎖の切断によって一時的に失わせ(柔軟化)、再配列し(カーリング)、新たな位置で側鎖を再結合(固定)させることによって、パーマネント的なウェーブを形成させるのがパーマネントウェーブの原理である。

(二)  現在、薬事法四二条二項に基づき、厚生省告示(昭和四三年六月一〇日、第二八〇号)によってパーマネントウェーブ用剤基準が定められているが、右基準によって認められているパーマネントウェーブ液は、コールド二浴式(チオグリコール酸又はその塩類を主成分とするもの又はシスティンを主成分とするもの)、チオグリコール酸又はその塩類を主成分とする加温二浴式、チオグリコール酸又はその塩類を主成分とするコールド一浴式の四種類がある(なお、昭和三五年八月一日厚生省告示第二三三号のパーマネントウェーブ用剤基準においては、システィンを主成分とするコールド二浴式及びコールド一浴式は認められていなかった)。コールド二浴式は、体温、室温で第一液及び第二液の組み合わせで使用する製品で、第一液の主剤は、側鎖のシスチン結合を切断し、毛髪を柔軟にし可塑性にする還元剤(チオグリコール酸塩又はシスティン)であり、これに、還元作用を強化するアルカリ剤(アンモニア水、エタノールアミン、アンモニウム塩等)及び浸透をよくする界面活性剤、安定剤が添加されている。第二液の主剤は、臭素酸ナトリウム、臭素酸カリウム又は過ホウ酸ナトリウムであり、第一液で柔軟になった毛髪の切断されたシスチン結合を、その酸化作用によって再結合し、毛髪に弾力性を復活させ自然毛に戻す作用を有する(なお、原告らの主張によれば、本件において、原告らが問題にしている被告会社ら製造販売にかかるパーマ液は、チオグリコール酸又はその塩類を主成分とする二浴式コールドパーマ液であるところ、右二浴式コールドパーマ液が、チオグリコール酸とアンモニアを主成分とする第一剤と臭素酸ナトリウムを主成分とする第二剤からなり、第一剤で毛髪をやわらかくしてウェーブをかけ、第二剤で毛髪を酸化させて固定させるものであることについては、当事者間に争いがない)。

5  東邦チタニウム分析センターの分析結果及び味の素株式会社分析センターの分析結果との対比等

《証拠省略》には、被告セフティ製品一リットル中にシアンが一三八ミリグラム、被告小林コーセーのロレアル製品一リットル中にシアンが七二ミリグラム存在するかのような記載があり、《証拠省略》には、被告小林コーセーのロレアル製品の排水中に、全シアンが二五・五PPM存在したかのような記載がある。

しかし、右各報告書は、分析対象及び分析方法の点について客観性を具備していることを認めることができないから、植松鑑定を左右する証拠とはなりえないというべきである。

また、《証拠省略》によれば、二浴式コールドパーマ液の排水を全シアン法で前処理し、ピリジン=ピラゾロン法によって分析した場合、呈色物質の存在を認めることができるかのようであるが、右呈色反応があったからといって、直ちにシアンイオンの発生と結び付けることができないことは、先に述べたとおりであり、《証拠省略》は、チオグリコール酸の肝臓に対する薬害作用を論じたものであって、二浴式コールドパーマ液の施用によって、シアンないしシアン化合物が発生することを認めるに足りない。

6  植松鑑定の措信性

以上本件証拠上顕われた植松鑑定と抵触すると認められる証拠関係について検討を加えてきたが、これらはいずれも植松鑑定を左右するに足りるものではなく、他に植松鑑定を左右するに足りる証拠はない。

四  結論

以上説示したところから明らかなとおり、問題点第二点についてはこれを否定する植松鑑定があり、これを覆すに足りる証拠もないのであるから、第二点についてはこれを認めるに足りる証拠がないことに帰し、本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

よって、本訴請求はいずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 林豊 裁判官 田村幸一 後藤眞知子)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例